先駆者

Profile

舩木 良真( ふなき・よしまさ)

2002年
名古屋大学医学部卒業
名古屋大学医学部附属病院勤務
2003年
海外研修( シンガポール、ニュージーランド、北欧など海外の在宅医療、コミュニティケアを視察)
2004年
山口赤十字病院緩和ケア科でホスピス研修
東京の在宅医療クリニックにて在宅医療に従事
2005年
名古屋市昭和区に医師4人で三つ葉在宅クリニックを開設

Precursor 先駆者

BACK NUMBER 患者の真の要求に応えていないフルスペックの医療。
在宅医療は、そんな一般的な医療の構図を乗り越えるところから始まる。
医療法人三つ葉代表 舩木 良真

診療報酬が引き上げられても、在宅医療を担う開業医がめざましく増える様子は見えてこない。このままでは、政策誘導により入院病床が減るのみで、慢性期患者、要介護患者は宙に浮いてしまう恐れさえある。暗い状況に一筋の光をもたらしてくれているのが2005年に名古屋市に開設された三つ葉在宅クリニック。

ビジネススクールで学んだ組織論と、電子カルテを自前で開発するIT感覚を持ち、若き医師たちを集めて同クリニックを率いる舩木良真氏は、「医学、医療が社会の中でどうあるべきか」を考えた末に見出した在宅医療というテーマに、生き甲斐とやり甲斐を感じている。

高齢な患者と若い医師たちとのきわめて幸福な関係

舩木良真氏は、それを、登山にたとえて解説してくれた。主に高齢者の在宅医療を手がける三つ葉在宅クリニックのリーダーが若干32歳で、在籍する医師の平均年齢も33歳前後という事実を知り、「高齢の患者を若い医師が診察する際、ジェネレーションギャップがコミュニケーションの障害にならないか」と投げかけた質問への答えだった。

「高齢者はすでに頂上に達し、下山された方。一方、私たち若僧(笑)は、これから頂上をめざし、ようやく登るべき山のふもとにたどり着いた者。たった今、頂上に立つ人たちは下山した人の話になど興味は持てないでしょうが、私たちにとっては新鮮で貴重なお話ばかりです。

話し相手も少なく、誰もが聞いてくれるわけではない体験談に興味を持ってくれる相手を得た方と、これからの人生の教訓に満ち満ちた話に感心し、好機に感謝する私たち。ふもとで出会った両者は、かなり良好にかみ合うのです。ジェネレーションギャップも、悪い事態を生み出すばかりではないのですよ」

医療界での評価が定着し始め、メディアにとり上げられる頻度も高くなった三つ葉在宅クリニックのメンタリティがよく表れている挿話だった。

同クリニックは、名古屋市昭和区(現在は、東区とあわせて2拠点)に開業して5年。2009年12月現在、常勤、非常勤を含め医師数約15名、60の訪問看護ステーション、200人のケアマネージャーとの連携を成立させ、半径約10キロメートルの医療圏に約450人の患者を持つ医療機関に育っている。在宅医療に特化し、365日24時間いつでも往診する方針が見事に地域に受け入れられた結果だ。

「深夜の往診は、発熱のケースが多いですね。ほとんどが、簡単な処置ですみます。研修医でも対応できる症状での呼び出しですが、往診を決して徒労などとは思いません。おじいちゃんやおばあちゃんが39度の熱を出せば、本人も家族も不安に陥るのは当然ですし、年間1割弱は、すぐに専門医に相談すべき事例も含まれますから。在宅医療に、まず必要なのは“なんでも”医療であり、“いつでも”医療なのです」

話を聞くだけで患者が喜び、症状さえ改善されることがある
医療法人三つ葉代表 舩木 良真 話を聞くだけで患者が喜び、症状さえ改善されることがある

舩木氏は、在宅医療の分野に進んだいきさつについて、「残念ながら記事になるような物語は、まったくないのです」と、申し訳なさそうな表情を見せながら語る。

「ただ、医学、医療が社会の中でどうあるべきかについては、いつも考えをめぐらせてきました。それにも特別なきっかけや理由があるわけではなく、いたって自然に、気づくと考えているという感じでした」

舩木氏がライフワークに出会ったのは、大学病院での研修中。医療提供者と患者との間に生じる意識の溝を不思議に感じ、入院患者との会話に意識を集中させてみたそうだ。

「患者さんは、そんなに複雑な要求も、大きな要求もしていないとわかりました。そこに、相手の要求もろくろく聞かず、医師が自己満足するためとしか考えられないフルスペックな医療を用意する。これでは、両者の間に心理的な溝が生まれるのも、うなずけました。

一方で、単純に話を聞いてさしあげるだけで患者さんが喜んでくださり、症状さえ改善される場合がある事実に驚くとともに“頼られる満足感”を覚えている自分にも気づきました(笑)」

そして決定打は、たまたま手伝いをした日本在宅医学会シンポジウム。在宅医療にたずさわる医師たちの生き生きした表情に触れ、なんの迷いもなく進路が定まった。

ビジネススクールで身につけた市場分析で的確な戦略を立てる

目標を見出してからの動きは早かった。2004年、東京都で良質な在宅医療を提供しているクリニックを見つけ出し、教えを請うて1年間勤務。

さかのぼれば、東京行きの1年前から仲間集めをスタートさせ、2人の同年代医師から賛同を得ていた。仲間集めと同時期にビジネススクールにも通い、開業への準備は、緻密に進められていった。

「在宅医療で開業するなら、仲間は必須の存在と考えていました。東京で在宅医療の実際に触れ、『この忙しさをひとりで受け止めたら、確実につぶれる』と、予測していた考えの正しさを再確認しました」

修業のために「散っていた」志を共有する仲間と1年後に合流。そして、東京で得た新しい仲間ひとりを加え、4人の「上下関係のない」結びつきを持った医師集団の旗を揚げる。

開業にあたっては大学の先輩や地域の医師会など、いっさいのコネクションを使わず、純粋にゼロからのスタートを選んだ。スタート時、患者がゼロなのは言うまでもない。

「使おうにも、誰ひとり、強力なコネなどありませんでしたから(笑)。信頼を、コツコツ積み上げる以外に道はありませんでした」

ただし、ビジネススクールで身につけたセグメンテーション(分類)による市場分析で、的確な戦略が立てられていた。

「現状、在宅のフィールドで、医師の助けを求めている方、困っている方は誰か?実態を見ていくと、私たちが存在をアピールすべきは、ケアマネジャーの皆さんだとわかってきました。最前線で患者さんと持つ接点の大きさは、ケアマネジャー、訪問看護ステーションの看護師、次いで在宅医療の医師。その順番に認知されればいいと判断しました」

同クリニックでは、看護師は置かない、医師は白衣を着ない、患者にじかに接してコミュニケーションを持つ姿勢や、医師が「上から目線」でものを言う因習の否定が、明確に示されている。

「大切にしているのは、もちろん患者満足度。次いで、それが地域医療の満足度向上につながること。そして、実は、もうひとつ、医師満足度を見逃してはいけないと思っています。私たちの成功の要因は、なんと言っても、医師一人ひとりが『楽しい』と感じ、充実した日々をすごしている点にあると思うのです」

若い医師たちにそれぞれの地に合った在宅医療を展開してほしい

ビジネススクールで吸収した組織論、専任のシステムエンジニアと契約し複数の医師が離れていても情報共有できる電子カルテを独自開発するIT観など、新時代の新世代による医療と指摘される側面はいくつもある。まわりにはビジネスノウハウとして何かを得ようと、彼の言動に耳をそばだてる者もいる。しかし、舩木氏はそのような周囲に反論するかのように、自らのめざす医療の本質について語る。

「ビジネスとして医療圏の拡大をアドバイスしてくださる方もいらっしゃいますが、少なくとも私にその考えはありません。あくまでも患者さんとじかに接点を持つことで価値を生む医療ですから、物理的に遠いところへの提供は無理です。

また、同様のビジネスモデルでチェーン展開のようなスタイルの可能性を聞かれたりもしますが、それも非現実的。在宅医療は地域医療のひとつです。ここで行っている在宅医療をそのまま別の地域に移植しても決して成功はしないでしょう。それぞれの地域には、それぞれの地域の異なった事情、環境があるからです。私に望みがあるとすれば、我々の活動を参考に、若い医師たちが、それぞれの地に合った在宅医療を展開してくれることでしょうか」

ここまでの歩みについて話す途中、開設者としてもっとも満足げな表情を見せたのは、共感する医師が増えてきている状況を披露してくれた瞬間だった。

「特段の大きな目標があるわけでなく、明確なゴールを設定しているわけでもない。そんな私たちの活動に、次々と新しく若い参加者が加わってくれていることがうれしいですね。

彼らは、ゴールではなくプロセスに興味を持ってくれ、参加を決意してくれました。

ちなみに、はじめから在宅医療を志していた人は、今のところひとりもいません。多くの若い医師にプロセスに賛同してもらえるとは、つまり、医師が求め、同時に患者が求める医療をしようという私たちの姿勢が間違いでないことの証左と言えるので、心から喜べるのです」

DOCTOR’S MAGAZINE 2010年04月号より転載 (取材:中村敬彦 文:清水洋一)
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