先駆者

Profile

岸本 暢将(きしもと・みつまさ)

1992年
北里大学入学
1998年
沖縄県立中部病院で初期研修
2000年
在沖縄米国海軍病院インターン
2001年
ハワイ大学内科レジデント
2004年
ニューヨーク大学リウマチ科フェロー
順天堂大学医学部公衆衛生学部研究生
米国内科専門医
2006年
亀田メディカルセンターリウマチ膠原病内科医長
米国リウマチ膠原病科専門医
2007年
医学博士
東京大学・東京医科歯科大学・北里大学医学部非常勤講師兼務

Precursor 先駆者

BACK NUMBER 学ぶことのすばらしさを知るからこそ、教えることの責任を果たしたい。
亀田メディカルセンターリウマチ膠原病内科医長 岸本 暢将
まず、自分が良きロールモデルであるべき

2006年8月、亀田メディカルセンターに34歳の内科医が赴任した。前職はニューヨーク大学リウマチ科フェロー。臨床研究医としてニューヨークのコーネル大学へ進む道もあった中、岸本暢将氏は、「医師免許を取得して9年間、ずっと学んできたが、そろそろ教える側にまわるべき時期なのかもしれない」と考えたのだと言う。

「もともと、『いつか帰国して後進の教育にたずさわりたい』との自覚があったのですが、2005年に亀田で講義をする機会に恵まれ、30人近い研修医の真剣な態度に胸を打たれた。病院長とお話をして、医師養成への病院の姿勢にも感激しました。

論文や学会発表における評価に加えて、指導、教育についても高く評価できる医療施設は日本にそうはありませんから、亀田メディカルセンターで迎えてくださるお話が出たとき、この出会いは運命なのかもしれないと感じました」

言葉どおり、赴任以来、同センターのリウマチ膠原病内科医長として日々患者の診察にあたると同時に、リウマチ膠原病内科後期研修プログラムの立ち上げ、熟成に大いに精力を注ぐ。岸本氏は、「まず、自分が研修医の良きロールモデルであるべき」と考えている。ロールモデルは「良質な医師養成の基盤」になる存在であると、彼が9年間学んだ中で確信を得たからだ。

「幸いにして私は、ここまで自ら学んだことに満足できていますし、誇りを持つこともできている。今にいたる日々を振り返ると、いつも、そばに目標となる人、めざすべきロールモデルがいてくれました。そのおかげにほかなりません」

まず、良い教育を受けたい一心で学びの場を獲得する
亀田メディカルセンターリウマチ膠原病内科医長 岸本 暢将 自ら進んで3度のインターンを経験。
学びの集大成を日本で。

学びの日々に感謝の意を隠さない岸本氏だが、それらの学びの“場”は、自らの意志で選んできたもの。「選んだ」というより、「獲得した」と表現すべきかもしれない。望む場に身を置くために、彼が払った努力は並大抵ではなかった。

「でも、それは、私にとっては、きわめて自然な行動。『良い教育を受けたい』との思いは、医師を志したときからの強い願望でした」

2004年の初期臨床研修必修化後である今でこそ、臨床を志す研修医が「より良い研修の場」、「より良い指導医」を求め、研修先に吟味を尽くすのは当然だが、岸本氏が北里大学に在籍した1990年代初頭は依然、医局が強い支配力を持っていたころ。教育を受ける場を選ぼうとする行動は明らかに異端だった。

しかし、岸本氏は医学部5年生の冬に、自らの判断でオーストラリアに1ヵ月間の臨床留学。彼の地で展開される医師養成の実際に触れ、医局の用意する“日本的な”医師としてのステップを拒否する決心を固める。そして、彼が大学卒業後に選んだ研修先は、沖縄県立中部病院だった。

「先輩たちからは、『そんなことをしたら、戻る場所などなくなるぞ』と宣告されました。でも、一向に気にはならなかったですね(笑)」

アメリカ留学への道筋をはっきりと思い描いて

沖縄県立中部病院と言えば、“アングロ・アメリカ式ER型医師養成”で名を成した臨床医養成のメッカ。岸本氏も風聞は耳にしていたが、6年生時に見学の機会を得て、完全に心酔したと振り返る。

「何よりショッキングだったのは、宮城征四郎先生、喜舎場朝和先生、岩田健太郎先生といった、私でもお名前を知っているような大先生が、回診時に研修医に意見を求めることでした。

岩田先生に診察に立ち合わせていただいた際に意見を求められ、『低酸素性の肺血管れん縮では?』と答えると、『それは、何?教えて』とさらに質問された。大学時代に先生に『教えて』などと言われた経験は一度もありませんでしたから(笑)、戸惑うと同時に、なんてすばらしい場所なのだろうと感激しました。医療を学ぶのに、上も下もない。くだらないプライドなど持たずに、誰もが、少しでも上にと学んでいる姿に、完全に魅了されたわけです」

沖縄県立中部病院ですごした研修の日々を岸本氏は、「必死だった」と述懐する。

「実は中部病院を見学しに行った1ヵ月の沖縄滞在中に中部病院の先生方にはもちろん、多くの人に会い、アドバイスを求めました。そんな中、アメリカで開業医として成功されている方からいただいた助言で、とても感銘を受けたのが、『3年先を見て行動しなさい』。そこで私は、中部病院で2年間の研修を終えたら在日米国海軍病院でインターンになると決めた。つまり中部に合格する前から、海軍病院からアメリカ留学への道筋をはっきりと思い描いていたのです。猛勉強をして、大学6年時に米国医師国家資格にあたるUSMLE試験も取得しました。 

医学生時代に解剖学と免疫学に興味を持ち、将来像として全身を診られる医師が希望だった。となると、老人医療を学びたいとも思い、いつの間にかアメリカ留学が視野に入っていました」

環境を生かす努力にもいっさい手を抜かない

アメリカ留学の最初の地であるハワイには期待どおりの環境と出会いがあった。何より、生涯の研究テーマとなるリウマチと出会う。

「メイヨークリニックで学んだ開業医でケン・アラカワというリウマチの名医がいらっしゃり、全米はもとより日本からも多くのリウマチ患者が診療を受けるために集まってきていました。彼に教えを受けるチャンスを得て、リウマチに興味を持ったことが、後のニューヨーク大学で行ったTNF阻害剤研究のきっかけにもなりました」

自らの意志でより良い学びの環境を選んだ者は、より良い環境を生かす努力にもいっさい手を抜かない。

「ハワイ大学ではレジデントの回診スタートは朝6時からが通例でしたが、私の場合はネイティブにくらべて英語力が劣るので回診にも時間がかかる。ならば早めに始めるべきだろうと4時半に出勤し、他のレジデントが出勤するころには、その日のカルテはすべて書き終え、ある程度指示も出し終えるようにしました。早朝に患者を叩き起こすように思われるかもしれませんが、アメリカの救急病棟は、軽症患者は当日中に帰宅させてしまいます。したがって、朝までベッドにいる患者のほとんどは、痛みなど、なんらかの症状でろくに寝ていません。回診が6時でも4時半でも、たいした違いはないのです(笑)。早く診断して、早く治療して、早く退院させてあげることが、患者さんにとってはもっとも大事なことなのですね。毎朝6時には院長室の明かりがともる沖縄県立中部病院での研修を経験していましたから、学ぶためであれば、4時半に出勤するのも、なんの苦にもなりませんでした。

また、アメリカでの医師の勉強は、研修医1年目が勝負。希望するところにフェローシップのアプライをするには、初年度には3~4年後の目標を定めておかなければならない。医学部6年生のときにいただいた『3年先を見て行動しなさい』とのアドバイスは、この場面でも役立ちました」

そして、ようやくと言ってもいいだろう2004年、3度のレジデント経験を経てリウマチの知識をさらに養うためにニューヨーク大学でフェローとなった。

沖縄県立中部病院で研修をしていたころの岸本氏をよく覚えているという当時の同院院長の宮城征四郎氏は、彼について次のように話す。

「熱心な研修医は何人も見てきていますが、彼は、その中でも特別です。中部病院、海軍病院、ハワイ大学と、自ら進んで3回もレジデントになっている。なかなかできることではありません」

日本の医療の底上げは研修医教育にかかっている

大学時代には、試験前に猛勉強をする必要のあった仲間のために、何度も対策資料の講義を行った。また、ハワイではケン・アラカワ氏からリウマチ治療と同時に、プレゼンテーションの極意も学び、後に『米国式症例プレゼンテーションが劇的に上手くなる方法』(羊土社)なる著書まで上梓している。つまり岸本氏は、本人も認めるとおり「元来、教えることに深い興味を持っていた」のである。

日本の医学界にさまざまある欠陥の中でも、近年、特に深刻であると指摘されるすぐれた指導医の不在。まるで21世紀にはそれが大問題になると見越したかのように、独力で医師養成の先進国であるアメリカに渡り、教育のノウハウを身につけ情熱を育んできた人の帰国。医療の学びで何が重要かを知っている岸本氏なら、日本の医師教育に大きな一石を投じてくれるのではないだろうか。

「日本の医療の底上げは、何より研修医の教育にかかっていると確信します。微力ながらそこに力を尽くせるのには、言葉にできないほどの幸福を感じる。

私の指導方針は、簡潔です。まず私自身がロールモデルとしての自覚と緊張感を持ち、常に実践し、見せて、感じさせ、覚えさせる。これまで私がしてもらったことを立場を代えてするのが使命なのだと肝に銘じています」

DOCTOR’S MAGAZINE 2008年8月号より転載 (取材:中村敬彦 文:清水洋一 撮影:田口昭充
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