- 医師の求人・転職・募集情報のMediGateトップ
- >
- スペシャルコンテンツ
- >
- 特集 国立ハンセン病療養所
- >
- ドクターメッセージ
特集 国立ハンセン病療養所 ドクターメッセージ
高校時代に、精神科医の神谷美恵子さんの書いた「生きがいについて」という本を読んだのが、私がハンセン病に興味を持ったきっかけです。長島愛生園に長い間隔離されて生活する入所者の生きがいについて考察された本は、私に大きな影響を与えました。大学時代に1週間だけハンセン病療養所で実習しましたが、その時には将来自分が勤務するとは思っていませんでした。しかし、大学を卒業して数年たった時に、大学の先輩から療養所で医師を探しているという話を聞き、1983年から療養所に勤め始めました。最初は大学で病理の研究を続けながらの勤務でしたが、当時はまだ活動性のハンセン病に苦しんでいる入所者のかたがおられ、その治療に関わることでハンセン病そのものに興味を持つようになりました。日本全国の先輩医師に学会の症例検討会で色々と教えてもらい、JICAの短期専門家派遣でインドのハンセン病研究所に行ったり、ミャンマーでのハンセン病対策のサポートをすることで、徐々にハンセン病の世界との関わりが深くなっていきました。1990年からは日米共同でアジアの病気の解決に取り組んでいる日米医学協力研究会にも参加し、世界中に研究仲間も増えてきました。結局、17年間も働くことになり、2000年からは大学に戻って教育・研究に従事していましたが、2009年から再び療養所に勤務しています。
療養所では、比較的時間があるために、じっくりと腰を落ち着けて本を読んだり考えたり、研究をする時間があります。幸いに、私の勤務している療養所では研究環境が整っており、ハンセン病の病理学的研究を続けてきました。また、療養所の「研究休職」制度を使って、海外での研究生活をおくってきた医師も少なくありません。
私自身の国際経験を少しお話しします。療養所で勤務を始めて3年目に、細胞性免疫の研究のために、ドイツのマックス・プランク研究所に研究休職をとって1年半留学しました。研究所ではハンセン病の免疫について興味のある研究者がいて、色々と刺激を受けました。帰国後、インドの国立JALMAハンセン病研究所の病理部門の指導にJICA専門家として1ヶ月の出張、厚生省の国際感染症等専門家養成コースで3ヶ月の研修(うち1ヶ月はバンコク)、ミャンマーのハンセン病センターの病理部門の指導に1ヶ月ずつ2回出張しました。どの場合でも、病理医としての知識・技能と、ハンセン病についての知識の両方が必要とされ、やりがいのある仕事でした。日米医学協力研究会結核・ハンセン病専門部会での毎年の研究発表と議論も、これらの仕事にとても役立っています。
ハンセン病は経済的にまだ発展していない国に多い病気です。そこでの生活や衛生状態は厳しいものがありますが、日本人が忘れてしまった強い家族の絆や人と人との関わりを大切にする人が多く、患者さんや医療スタッフとの関わりで、自分自身が学び、元気づけられることがしばしばありました。
もしもハンセン病に出会わなかったら、このような深さと拡がりで世界と関わることはなかったと思い、感謝しています。
最後になりますが、全人的医療という言葉の本当の意味を知りたければ、一度はハンセン病療養所で働いてみてはどうでしょうか。必ず、得るものがあると思います。
奄美和光園には、現在44名の入所者が暮らし、その平均年齢は82.6歳になっています。今日では入所者に対するハンセン病の新たな治療の必要性は殆どなくなり、その後遺症や合併症にハンセン病の名残を留めるに至っています。園内での主な診療内容は、健康管理、生活習慣病を含めた慢性疾患の管理、突発的な傷病対策です。その他、高齢化に伴う感覚器障害や認知症対策などがあります。実際の診療は市中の病院と全く変わりありません。園内での救急には全て対応しますが、重症や自分の専門外などのために転院治療が必要になれば、近隣の二次医療機関がスムーズに受け入れてくれます。当直もありますが、急病の発生もほとんどなく、それほど苦にはなりません。
奄美大島は亜熱帯に位置し、紺碧の海に囲まれ、島の奥には太古からの原生林が残っています。海岸線には美しい砂浜が続き、河口にはマングローブが生えている所もあります。和光園は四方を山に囲まれていて、その山肌には常緑樹が生い茂り、どの季節でも青々としています。朝夕は野鳥のさえずりも聞こえてきます。園内は南国情緒にあふれ、鮮やかな花々が咲き誇り、色とりどりの蝶が飛び交っています。バナナやたんかんなどの果物もたわわに実ります。医師用の住宅は園内にあり、その多くは一戸建てで、家庭菜園やガーデニングが楽しめます。
休日は車(軽自動車が最適)を走らせ、海岸線の景色を楽しんでいます。気に入ったところで車を止め、遠くを行く船や水平線に沈む夕陽を見ながらゆったりと流れていく時間に満足しています。その他、島では、ダイビングやフィッシングなどのマリーンスポーツや川面でのカヌー、原生林の散策や野鳥観察などができます。休みの日が待ち遠しいほどです。もちろん休みはきちんと取れますし、夏休み等の長期休暇もあります。さらに楽しみなのは、島料理や黒糖焼酎です。奄美の人々の長寿を支えてきたものだけに、ヘルシーでありながら美味でもあります。奄美の繁華街(屋仁川通り)までは車で10分です。
国立ハンセン病療養所は、少子高齢化の進む日本のコンパクトモデルとなっています。そこでの医療は地域医療に等しく、自分の思い描く医療モデルの実践が可能です。また、療養所では若手医師や女性医師、U/Iターンを考えている医師、子育ての終わった医師など年齢・性別やライフステージに応じた様々な働き方ができると思っています。多くの先生方に一度療養所へ足を運んでいただくことを願っています。心よりお待ちしています。
私の勤めている大島青松園は風光明美な瀬戸内の島にあり、島に宿舎もありますが、毎日官用船で通っています。疾病としては主にハンセン病後遺症、高齢化に伴う生活習慣病です。医師としての仕事はそのプライマリケアと、重症化した場合に他のより専門性の高い施設に依頼することです。入所者の期待通りに治療できたときには、医者としてのやりがいもあります。
一番大事なことは、長い間社会から疎外されてきた入所者の気持ちに共感できるかどうかです。時に信頼を得ると入所者から詩をいただいたり、島で作った野菜をもらったりします。
なお、療養所はゆっくりと時間が流れているので、研究や研修もでき、勤務も概ね規則的です。臨床から離れて現場への復帰を希望される方、プライマリケアを希望される方に向いています。
私は国立療養所邑久光明園の常勤になって13年目になります。学生時代にハンセン病診療に人生をかけてこられた先輩方との出会いがあって療養所に出入りするようになったのがきっかけです。今の療養所の入所者の平均年齢は80歳を超えています。ハンセン病そのものはすでに治癒していますが、その特徴的な後遺症と高齢化による様々な疾患に対する医療が必要とされています。眼科のほか内科・外科・整形外科・歯科・化学療法科(ハンセン病診療科)・皮膚科・耳鼻科・泌尿器科・麻酔科・心療内科でそれぞれ協力しあいながら日々の診療をおこなっています。それから、療養所には入所者の生活の場としての役割もあります。人生を完結するにあたりどのように日常を過ごしていくのが幸せであるのかという視点にたって、医師以外の様々な職種の人達と話し合いながら仕事をしていく必要があります。
療養所での診療というと孤立したものと感じられそうですが、地域の多くの医療施設に診療協力をしていただいています。また、長島愛生園・大島青松園の3園で開催される瀬戸内集談会や日本ハンセン病学会などで他療養所の先生方と情報交換したり、新しい知見を学ぶ機会もあります。
ハンセン病そのものは日本では新患を診ることはほとんどなくなりましたし、ハンセン病診療の経験をもつ医師も少なくなってきました。しかし、邑久光明園は以前からハンセン病診療の国内での啓発と国際協力に力をいれていて、ハンセン病についていろいろ学ぶことができます。岡山医療センターの臨床研修のカリキュラムの一部を提供していますし、海外医療に従事する予定の方が研修に来られることもあります。
私も国立感染症研究所ハンセン病研究センターで毎年行われるハンセン病医学夏期大学講座でハンセン病の眼科について講師を務めさせていただきました。また、国際医療協力研究委託事業の分担研究(開発途上国におけるハンセン病による有効な身体障害の予防とリハビリテーションサービス供給に必要なツールの開発と実施方法に関する研究)の分担研究者として数回ミャンマーに行かせていただき、貴重な経験をすることができました。このような分野に興味がある方にも向いていると思います。
これまでクローズドであった国立ハンセン病療養所が、インターネットを使って医師を募集する時代になりました。私はまだ赴任して間もないため、国立ハンセン病療養所についての詳しいことはまだよくわかりませんが、ハンセン病の後遺症等に悩む入所者をこれだけまとめて診療できる施設は他にはないはずです。理解のある上司や同僚に恵まれ、精神的ストレスは少なく、また、職員の福利厚生も充実しています。国立ハンセン病療養所に勤務する医師の動機は様々だと思います。
気軽に見学ツアーを利用されてみてはいかがでしょうか?皆さんと共に仕事ができる日を楽しみにしております。
現在、国立ハンセン病療養所の入所者は元・患者であり、皆一様に高齢者です。ハンセン病の後遺症のほか、生活習慣病や老化に伴うADLの低下に対し、医療や介護を必要としています。奄美和光園は、入所者が43名と全国で最も小さな療養所ですが、人数が少ないからこそ、一人一人のサポートを丁寧に行うことができます。四季折々の行事をともに楽しみ、誕生日をともに喜び、最期を送りともに偲ぶ。医師を志した原点に戻ることができる場所です。人として、人に寄り添っていることを感じつつ仕事ができることは、恵まれたことだと思います。
また、奄美和光園では職種を問わず交流があります。テニスからゲートボールまで、年齢や経験に応じて参加し、地域住民と試合をしています。そのなかでも最大行事は、奄美祭りにおける舟漕ぎ大会です。6月から練習をし、8月の本番に臨むのですが、勤務後の練習は「あの夕陽に向かって漕げ!」と青春そのものです。そして人が集まれば黒糖焼酎と歌と踊りでしょう。島人(シマンチュ)ですから。たとえ明日が仕事でも、夜はまだまだこれからですよ。今夜の予定は4次会まで?
皆さんもぜひ国立ハンセン病療養所で一緒に働きませんか。








