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「レギュラトリー・サイエンス」をご存じでしょうか
近藤 達也

独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長
近藤 達也

 医療にたずさわる多くの方々にとっては、「レギュラトリー・サイエンス」という言葉を聞いても、別世界の言葉であろうかと思います。これを「規制科学」とでも訳すと、どうしても政治や、とりわけ経済的な用語の「規制緩和」、「規制強化」という言葉が頭に浮かび、医学とはまた縁が遠く感じるでしょう。
 一般的には、「レギュレーション」=(イコール)「規制」と訳されます。ご存じのとおりPMDAは、厚生労働省のもとで薬事の専門集団として規制当局の一翼を担っておりますので、「レギュレーション」を行うところだと理解されているかもしれません。
 しかし、薬事の世界では「レギュラトリー・サイエンス」を、直接的に「規制科学」と訳すことは正しくなく、このカタカナのままです。
 それは1987年、内山充博士(国立医薬品食品衛生研究所名誉所長)が、「レギュラトリー・サイエンス」という言葉を創始し、この場合の「レギュラトリー」とは「規制」というより「調和」を基調とした、科学技術の所産を人間との調和のうえで、もっとも望ましい姿に調整する科学と定義し、医薬品や医療機器、食品や環境中の各種化学物質など、人間の生命・健康に直接影響するすべてを研究の対象としたからであります。
 最近、この言葉は世界の規制当局の間でも非常に重要視され始めており、我がPMDAも本年4月より「レギュラトリー・サイエンス推進部」を設け、我が国をこの分野における研究と実践、教育のメッカにするべく活動をスタートしたところです。

 「レギュラトリー・サイエンス」という言葉の持つ意味をあらためて考え直してみると、そこには広く行われている「アカデミック・サイエンス」とくらべて、行政とも無関係ではない新しい言葉の響きと魅力を感じます。
 それは、おそらく実際の日常の社会生活上での「規制」は「裁量」で論じられる場合が多く、「規制」を「社会への適応の判断をテーマにした科学」と見るべきだからではないでしょうか。
 行政にからむ学問として、「法学」、「社会学」、「経済学」などがありますが、この「レギュラトリー・サイエンス」は、より広範囲の領域で、開花してしかるべきであり、今後の先進国では行政上で意味のある科学になると考えます。
 「規制」とは、今日の民主主義の時代では国民の生活を安全かつ公平に保つための手段であり、性悪説の立場から、国民を保護する手段と言えるでしょう。
 この「規制」を緩和するには、いろいろな規制評価基準を乗り越えるといった条件が必要です。ここにおける評価基準は、さまざまな次元の要素を組み合わせ、多くのエビデンスにもとづき、慎重に討議して決めなければなりません。また、評価基準には、厳密な科学的判断が組み込まれなければならず、薬事におけるICHの国際基準はまさにこれであります。

 したがって我がPMDAは、業務を公正に行うべく思考し、常に評価基準を改善していかねばならないと感じています。そしてPMDAは、このような考え方を学問として学ぶ場も必要であると考え、「レギュラトリー・サイエンス推進部」の設置とともに、新たに大学と連携して行う「連携大学院」も展開し、多くの大学と協定を結び人材の育成を開始しました。
 連携大学院では、「医学」、「薬学」、「工学」、「法学」など多くの側面から規制にからんだ業務における基準などについて創意工夫します。そこで生まれたものは、国内の組織で討議され、国際間の新しい基準づくりの討議へと発展し、無限の可能性を示すことになるでしょう。
 このようにPMDAは、「レギュラトリー・サイエンス」に関して創造的意欲の高い人材を育成する教育の場の整備も業務の一環にしていく所存であります。こうした教育の場は、あらゆる業種で必要であり、「アカデミック・サイエンス」に対比する、この「レギュラトリー・サイエンス」という概念は、もっと広大な領域で振興されるべきだと思っています。

 

※ドクターズマガジン2009年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。