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病理診断と病理検査のはざまで(1)

病理診断と病理検査のはざまで(1)

1.病理診断科が標榜科として動き出す

 2008年(平成20年)4月1日、病理診断科の標榜が可能となった。医療法に基づく厚生労働省通知により、医療法施行令第3条の2に「病理診断科」の名称が付け加えられ、日本病理学会の長年の夢が形の上で実現した。内科、外科、小児科、産婦人科などと対等の標榜科となり、日本専門医制評価・認定機構が定義する計19の基本診療領域の一つに位置づけられた。

 標榜科(臨床医)の一員となった私たち病理医には同時に、国民・市民・患者に対する大きな責任も発生した。「一体、病理医は国民に対してどのようなサービスを提供するのか?」つまり、国民にわかりやすい病理医、病理診断へと変身することが緊急課題となったわけだ。

 従来、病理診断科の標榜が長く認められてこなかった理由は単純。標榜科は患者に対する広告を目的としているので、患者がこない部門は標榜する必要がない。ではなぜ、病理診断科が標榜科として認められたのか?患者団体の強力な支援に加えて、長年、臨床検査技師法のもとで運営される衛生検査所(以下、検査センター)を経由して行われている"病理診断"に対する疑問が呈されており、その改善に働きだそうとした背景がある。

 まずは、みなさんにその仕組みや現実を知っていただくことが第一だろう。以下が病理診断に関わる現在の診療報酬体系である。

病理診断にかかわる診療報酬体系

 2016年4月からは、病理診断科開業医でも病理診断料と病理診断管理加算の算定が可能となるとともに、保険医療機関間で連携(病病連携/医医連携)して行った病理診断について、病理医のいない医療機関からの標本に対する病理診断料と病理診断管理加算に関して規制が緩和された。それまで、病理医のいない医療機関には、「病理標本作製を行う事ができる経験5年以上の常勤検査技師がいること」という厳しい条件が付いていたため、事実上、小規模病院の多くと開業医のほぼすべては連携の対象外となっていた点が、「…検査技師がいることが"望ましい"」へと変更されたのだ。曲りなりに、ようやく標榜科らしい権利が付与された形だ。

 この変更を受けて、日本病理学会では、2016年9月に、『「医療行為である病理診断」を「すべて医療機関内」で行う』ことを宣言した。「保険医療機関間の連携による病理診断」の要件の見直しにより、「すべての病理診断を医療機関で行う」ための環境が整備された。検査センター・大学講座における「病理検査報告」は、病病連携/医医連携による「病理診断」へと移行させる必要がある。しかしながら、ことはそう単純には運ばない。世の常である「べき論」・理想論には大きな壁がある。

 以下、私の実感を含めて、検査センター経由の病理診断(病理検査)の現状を紹介してみたい。

まとめ

2.診療報酬のパラドックス

 現在、病理診断(組織診断)の件数は、全国で年間1,200万件程度とされている(細胞診断は約1,500万件)。大学病院や常勤病理医がいる中規模~大規模病院で行われている(正統な?)病理診断は全体の3割程度に過ぎず、残りの7割は検査センターと大学の病理学講座(医療機関として認定されていない)で行われている。言うまでもなく、検査センターは営利企業である。検査センターの常勤病理医の多くは主として精度管理に携わっており、病理診断行為自体は、大学や病院に勤務する病理専門医に委託されている。

 当然ながら、検査センターには営業戦略がある。競争の厳しい中、顧客である開業医・診療所や病理医のいない小規模病院から病理検体を受注するのである。臨床検査技師法のもとで運営される検査センターは医療機関ではないため、診療報酬としての組織(細胞)診断料や診断加算料はとれない。病理標本作製料の860点(1臓器あたり)が収入源となる。

 では、検査センターは一体いくらで標本作製を受注しているのか?当然、1件当たり8,600円ではない。大部分は4,000円以下である。言い換えれば、半分以上は標本の作製を依頼した開業医や小規模病院の取り分となっている。新規に開業するクリニックがあると、サービス期間として1年ほど、とんでもない安い費用で受注する場合もあるらしい。細胞診断にいたっては無料サービスということもあったそうだ。

 病理に特化した検査センターでは、さすがにそのような価格設定はできないが、病理以外の検査も受け持つ大手の検査センターでは、組織診断や細胞診断は赤字でも、圧倒的に依頼数が多い血液、尿などその他の検査を引き受けることで採算をとる算段(戦略)である。ある医師会が経営する検査センターでさえ、受注額は保険診療金額の50%以下だそうだ。会員である開業医が他の安い検査センターに標本を出してしまうことを恐れ、860点近くまで引き上げられないそうである。ちなみに、病理診断(検査)を依頼した臨床側は、月1回に限り、病理判断料(150点)を受け取れる。
 では、検査センターの標本を個人契約あるいは病理学講座の業務として診ている病理専門医は1件あたりいくらもらっているのか?
 診療報酬の1/4以下である2,000円が相場である。病理医は、知識と神経を使って深夜まで医療行為である病理診断をする当事者なのに!

 医療保険は医療行為に対して支払われるべきものであるため、検査センター経由の病理診断は医療行為としてみなされず、「病理検査」に成り下がらざるを得ないのだ。ほかの医療行為の場合と異なり、病理標本は郵送や宅配でどこにでも運べる。そこに営利企業の入り込む余地がある。大学の病理学講座(病院とは別組織)や個人の自宅でも病理医は顕微鏡をのぞくことができる。結果的に、病理診断に対する医療保険点数(名目は標本作製料)で得た診療報酬のかなりの部分が、中間マージン的に病理診断を依頼する側の開業医や小規模病院の収入に加算されている。

 プロの病理医が診断する医療行為活動が、病理医の取り分の倍以上、臨床医の懐へと入ってしまっている計算だ。大学の病理講座の場合、この1件2,000円程度の報酬(副収入)となる病理診断行為は、形式的に研究契約として大学医学部を通し、1~2割減となるものの秘書や研究補助員の人件費となり、講座研究費としておおいに活用されるのである。

最終更新(2017/05/25)

››› 次回に続く

<執筆者プロフィール>

執筆者プロフィール
堤 寛(つつみゆたか)

はるひ呼吸器病院病理診断科
病理部長

横浜生まれ。病理専門医・細胞診専門医。1976年、慶應義塾大学医学部卒。1980年、同大学大学院(病理系)修了。その後21年間、東海大学医学部病理学に在籍。2001年より16年間、藤田保健衛生大学医学部病理学I教授。2017年よりはるひ呼吸器病院(愛知県清須市)病理部長。同時に「つつみ病理相談所」を開設(愛知県豊明市名鉄線前後駅前)。趣味はオーボエ演奏。「患者さんに顔のみえる病理医」、「社会派病理医」を目指す。
http://www.pathos223.com

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