先駆者

レーザー、ステント、先進技術の融合 甲状腺外科治療の革命児

ドクターズマガジン2014年6月号掲載

東京医科大学 呼吸器・甲状腺外科学分野 教授
筒井 英光

 喉元の小さな器官「甲状腺」。極僅な世界で展開される、アートというべき先人の手術にひと目惚れした。教育出張先での師との出会い。数多くの手術を経験し、無二の技術を習得。職人的手技を追求する一方で、患者のQOLを向上させる新たな治療プロセスも確立した。甲状腺外科の標準を引き上げ、牽引してきた筒井英光氏が目指す、新たなる時代。
聞き手:ドクターズマガジン編集部

わずか18gの臓器に挑む
甲状腺外科専門医

 縦横5㎝、重さ18g、蝶ネクタイ形の小さな器官、それが「甲状腺」だ。喉元という身体の要衝にあって、神経や心臓機能、抑うつ気分から発達までの諸機能を調整する。その外科手術は「極小世界のアート」とも言うべき難度となる。
 筒井英光氏はその緻密な手技を、動作を交えて語る。

 「進行した甲状腺がんの場合、気管に浸潤したり、縦隔のリンパ節に転移を起こすことがあります。そのような患者さんでは、既に片側の反回神経が麻痺していることが多く、甲状腺全摘術により一過性の両側声帯麻痺を起こす可能性があります。両側声帯麻痺では気管切開が必要ですが、このようなケースで行うと、気管再建時の縫合不全や縦隔郭清時の縦隔炎の原因となります。甲状腺外科では、気道再建などのダイナミックな手術から、このように幅1、2㎜の反回神経を温存する精微な手技までが要求されるのです」

 小型のがんでリンパ節転移がなければ、できる限り小さな傷で甲状腺を切除する。進行している場合は、大学病院の特性を生かして、血管外科や形成外科、消化器外科と共同して手術を行う。気管を管状に切ってからつなげる手術、頸動脈を切除し人工血管で置換する手術、食道を切除し遊離空腸で再建する手術--などを経験してきた。
 さらに進行し、腫瘍のために気管が狭くなって息をするのも大変な患者には、気道を広げる姑息的治療も行う。

 甲状腺がんよりさらに手術の難度が高いのがバセドウ病だ。甲状腺は身体の中で最も血流に富む臓器の一つ。それが腫大するバセドウ病は、甲状腺の表面や周辺にある血管が増えるだけでなく、口径が太くなる。ひとたび出血すれば幅1㎜の反回神経や米粒大の副甲状腺は見えなくなるという条件下でも、これらを温存する技術をもっているのが、甲状腺外科専門医の証となる。

伝統と論理を叩き込んだ
手技の究み

 東京医科大学・外科学第一講座(現呼吸器・甲状腺外科学分野)の歴史は古い。「講座の歴史がそのまま日本肺がん治療の歴史」とも言われるほど、肺がんの総合診断・治療の中心的存在だ。呼吸器疾患をメインとしながらも甲状腺疾患を取り扱う講座はあまり例がない。
 筒井氏は東京医科大学を卒業後、すぐに同大学の外科学第一講座に入局した。当初は、同講座のメインである呼吸器外科を志していたが、ある手術を見て、その考えが変わった。

 「確かバセドウ病の手術でした。カチッカチッと止血のために甲状腺の表面に素早く正確に並んでいくコッヘル鉗子の音が耳に残りました。自分も外科医の端くれとして、こんな手術ができるようになりたいと切に思い、心が奮い立ちました」

 その時の執刀医が学んできた先は、1937年の創立で、甲状腺疾患治療に名高く、現在も全国から患者を集める伊藤病院。入局6年目、筒井氏にも念願の教育出張の機会が訪れた。外科部長に張り付いて、技術を学んだ。

 「厳しい指導を受けました。いえ、指導はむしろ非常に紳士的です。紳士的かつ極めて論理的であるがゆえに、いかに自分の技術が自己流で至らないものであるかを思い知らされたのです。
 それまでの自分を一旦リセットする。

 あの時ばかりは、精神的に、相当打ちのめされました。日々懸命に師の『型』を倣い、身体に覚え込ませる。正に剣術修行の武士のようでした」

手首の僅かな角度まで指示を受け、意見を言えば完璧な理論をもって論破される。膨大な注意点、反省点はすべてノートに書き留めていった。自宅でも翌日に控えた手術に憂鬱になりながらも妻を器械出し看護師役に、「シャドーオペ」を繰り返し、感覚を磨き続けた。その甲斐あって、教育出張の終わりには、師から「君が一番僕の手術を覚えてくれた。いずれは伊藤病院に戻ってきてほしい」という言葉をもらった。

留学先で閃いた
腫瘍内レーザー治療

 大学に戻ると、「ロンドンでレーザー治療を研究してこい」という指示が出た。東京医科大学といえば、早期肺がん患者に対する光感受性物質とレーザー光による光化学反応で病巣を治療する「光線力学的治療(PDT)」を、世界初で実用化したことで有名である。
 「せっかく甲状腺の専門的な勉強をしたのに」と後ろ髪を引かれつつも、University College London(UCL)に2年間の予定で留学した。
 筒井氏はここで「腫瘍内レーザー治療」の研究を行った。一般にレーザー治療と言えば、外から腫瘍にレーザー光線を当てるイメージだが、筒井氏の研究は、「経皮的に腫瘍内にエラスター針を穿刺して、それを介してファイバーを腫瘍内に誘導、腫瘍の内部で照射を行う」というものだった。

 「UCLでは多くの領域でレーザーが姑息的治療に使用されていました。頭頸部がんに対する腫瘍内PDTの治験では、日本からも患者さんがいらっしゃいました。驚いたのは、硬性気管支鏡下のYAGレーザー焼灼の症例が多いことで、毎週のように行われていました。このときの経験が『甲状腺がんに対する定期的なレーザー治療』という発想に役立ったのです」

 基礎研究を終え、日本で行う新しい臨床研究計画を作成して帰国すると、新しい運命が待ち構えていた。
 「これからは、専門教育を受けたお前が甲状腺をやってくれ」

 当時講師であった池田徳彦氏(現東京医科大学呼吸器・甲状腺外科学分野主任教授)から甲状腺手術をバトンタッチされたのだ。筒井氏はここから、鍛え抜いた手技と、レーザー治療の知見を融合させる道を踏み出した。

細心の観察眼が導いた
ステント挿入の極意

 それまで、気道の悪性腫瘍に対する内視鏡的治療においては、腫瘍をレーザーで焼いたあと、再増大を遅らせるためにステントを入れるのが通例だった。だが、甲状腺がんの進行は遅いうえ、浸潤は気管上部の喉に近い部分で起こり、気管も腫瘍の圧迫で曲がっている。この部分にステントを入れても、ズレやすくステントの縁が気管に接触することで肉芽が発生するおそれもあった。せっかくの治療が、患者のQOLを低下させている側面があった。

 「『ステントは最初から入れなくても良いのでは』と考えました。そして、患者さんの同意を得た上で、甲状腺がんによる圧迫が軽い場合には、ステントを入れず、気管の中に浸潤した腫瘍をレーザーで焼灼するだけにして、注意深く経過観察を行いました」

 すると、1年未満に再増殖する群と、それ以後の群とでは、再発後の経過が大きく異なることがわかった。前者は気管外の病変が増大して気管が圧迫され、最終的にはステント治療を必要とした。一方、後者は2、3年に1回、気管内に再増殖した腫瘍をレーザーで焼灼するだけで、局所が制御できるケースが多かった。

 「『気管の中に進行した甲状腺がんを手術で取り切れない場合、まずはレーザーで焼灼し、その後の経過を見てステントを入れる』。この治療方針が確立してからは、無用なステントを気管内に留置することがなくなり、真に患者さんのQOL向上に貢献できるようになりました」

 さらに従来のステントが不適合な患者向けに、新たな規格のステントを適用する試みも行った。一連の成果に、日本内分泌外科学会は2010年、筒井氏に「学会賞」を授与した。

先進技術を積極的に融合
手術数は8年で15倍に

 筒井氏は、より先駆的な装置の導入にも積極的である。その一つが、バセドウ病手術の際の出血を減らすために導入した「超音波凝固切開装置(超音波駆動メス)」だ。バセドウ病手術の通常の出血量は甲状腺1gあたり2・5㏄だが、血管を超音波振動で凝固しながら切開するこの装置を使うことで、0・8㏄まで減少させることができた。

甲状腺がん手術を小切開で行う筒井氏。数多くの手術経験で養われた心の目とサージカル・ルーペによって、極小世界にアートが展開される

筒井氏は、その技術力とともに、日本で最も早くから超音波駆動メスの有用性を広く知らしめることとなった。

 「ただし、この超音波駆動メスは甲状腺がんでは保険適用になりましたが、バセドウ病ではまだなのです。手術中の出血が劇的に減ることで、外科医の視野は確保され安全に手術が遂行できますから、出血量だけでなく合併症軽減の点でも患者さんにメリットがあります。何としてでも保険適用にしたいですね」

 こうした不断の取り組みにより、筒井氏着任前の2000年時点では20例に過ぎなかった東京医大の甲状腺手術は、着任翌年に50例、2008年以降はコンスタントに300例前後にまでなった。
 最近はシビアな患者の紹介が増え、時間のかかる難手術も多い。しかしそれでも高水準の症例数を維持しているのには理由がある。

 「我々の強みは、甲状腺外科に東京医大伝統の呼吸器外科の技術を取り入れていること」と筒井氏は言う。

 進行した甲状腺がんではしばしば気道の操作を必要する。このため、併科する呼吸器外科の知見と技術を活かしつつ、内分泌甲状腺学的知識をもった甲状腺外科の専門診療を行えることが、広い守備範囲をもつ大学病院の中でも極めて大きな強みとなるわけだ。
 実際、一般的に甲状腺外科は乳腺外科や内分泌外科と一緒に標榜されることが多く、解剖学的に近接している関係で呼吸器外科と併科している医療機関は全国でも片手ほどの数にすぎない。
 現在、筒井氏率いる甲状腺外科チームは、東京医大内で専門医の育成をするステージにまで成長した。伊藤病院との強固な協力体制を維持しつつ、今春からは、他院で後期研修を終えた医師がスタッフに加わった。

新たに懸念される甲状腺がん
外科医の使命と決意

 今、筒井医師にはひとつの気がかりがある。東日本大震災から4年となる2015年以降、甲状腺がん発生率と原発事故の因果関係が明確になってくることだ。
 「チェルノブイリの事故を調べてみると、事故後4年以降に甲状腺がんの発症率が増えているのです。不幸にして病気になった方々に、外科医として手術で貢献したいと思っています」

 一般的に甲状腺がんは手術によって治りやすいがんだ。気管や食道に浸潤していたり、リンパ節転移が激しいリスクの高いタイプでも、他の臓器のがんと比べれば予後は良好だという。
 「だからこそ、手術においては、根治性だけでなく、機能温存や侵襲度とのバランスをとらなくてはなりません。
 とくに子供の場合は解剖学的にコンパクトであるため、臓器温存の点で手術はさらに難しくなります。患者さんの希望を取り入れながら、合併症の少ない安全な治療をしていきたい」

 甲状腺がんの治療においては、反回神経や副甲状腺の温存、術後の外見といった技術的な問題はもちろん、摘出後の服薬指導、患者の精神不安へのケアなど、トータルな医療が必要となる。
 原発事故によって注目を集めた甲状腺。きっかけは不幸なものだったが、これを機に病状や治療に理解が広まりつつある。
 果敢に挑戦を続ける筒井氏は、こう言い切る。

 「専門性の高い甲状腺外科の医療界における存在感を高めていきたい。そのために、私はこれからも常に、〝新時代を切り拓く甲状腺外科医〞であり続けたいのです」

筒井 英光(つつい・ひでみつ)

1990年 東京医科大学卒業
1992年 東京医科大学外科学第一講座臨床研究医
1995年 伊藤病院へ甲状腺外科研修のため出張
1997年 英国University College Londonへレーザー治療の研究のため留学
2000年 東京医科大学助手(外科学第一講座)
2001年 医学博士
2005年 東京医科大学講師(外科学第一講座)
2008年 東京医科大学准教授(外科学第一講座)
2013年 東京医科大学教授(外科学第一講座)
2014年 東京医科大学教授(呼吸器・甲状腺外科学分野、講座名変更)