常識の非常識

入浴習慣病をご存じですか?皮膚はあまり洗ってはいけない?
衛藤 光

聖路加国際病院
皮膚科部長
衛藤 光

 一昔前まで創傷ケアの常識は、濡らさない、消毒する、ガーゼで保護することでしたが、今ではよく洗う、消毒しない、ガーゼで保護しないと、正反対の治療方針が一般的になってきました。現在の考え方では、びらん、潰瘍はきれいに洗浄して壊死組織や浸出液をよく洗い流すことが大切とされています。実際、壊死組織や浸出液は細菌の繁殖を助け、創傷治癒機転の低下を来すことが知られています。術後であっても早期から創部を洗浄をする方が回復が早く感染も少ないことが分かってきています。
 また糖尿病患者の感染予防にも足の洗浄とフットケアがとても大切です。同様に皮膚疾患についても多くの場合、きれいに洗浄することが治療の第一歩になります。厚い鱗屑を付着する尋常性乾癬も皮膚の洗浄が大切な疾患のひとつです。
 またアトピー性皮膚炎でも軟膏処置をする前に、汗やほこりをきれいに洗い落とすことが大切とされています。皮膚にびらんや潰瘍を伴う皮膚疾患でも同様であり、例えば伝染性膿痂疹(とびひ)はきれいに洗浄してから軟膏処置をすると治癒が早いといわれています。
 実際の洗浄の方法はシャワー浴がベストとされ、石鹸は皮膚への刺激が少ないものをよく泡立て、手や柔らかいスポンジを使って皮膚の表面を優しくなでるように洗います。このように皮膚に優しい洗浄法を採用することが、スキンケアの基本としてとても大切なことなのです。
 それでは健康な皮膚を保ち、皮膚病を予防するためにはしっかり皮膚を洗うことが大切なのでしょうか?確かに皮膚を洗うことは基本的には良いことなのですが、過ぎたるは及ばざるが如し、最近は洗いすぎによる皮膚障害が増えているのが現状です。
 ここで少し皮膚の構造についておさらいしてみたいと思います。皮膚は表皮と真皮に分けられます。表皮は0・2㎜の厚さで、外側から角層、顆粒層、有棘層、基底層の順に並んでおり、細胞分裂は基底層だけで行われています。分裂して増えた細胞は形や機能を変えながら順番に外側の層に移行し、誕生から2週間で死んで角層となります。
 角層は外からの刺激を遮る最前線のバリアとして大切な役割を担い、最後はアカやふけとなり、2週間で脱落していきます。角層はわずか20ミクロンの厚さですが、外部刺激から身を守るために水分と皮脂の保護膜を構成し、重要な役割を担っています。「垢も身のうち」といいますが、垢の本体は角層ですので、角層を傷つけないで保持していくことが、いかに大切かおわ
かりいただけたと思います。
 高齢化社会になり中高年の皮脂欠乏性皮膚炎も増加の一途をたどっています。加齢に伴い皮膚は乾燥して粗造となり、カサカサして粉をふいたような状態になります(老人性粃糠疹)。このような皮膚の変化は50歳頃より下腿外側に出現して体幹にと拡大し、60歳以上では95%の人に認めるようになります。これを防ぐためには角層の保護と、水分と脂分の保持のためのスキンケアが大切になります。
 ある調査によりますと戦前の日本では、銭湯に行くにしても薪を焚いて風呂を沸かすにしても、週2回の入浴が平均的でありました。しかし近年は若者を中心に異常ともいえる清潔志向、体臭恐怖症が蔓延しており、今では毎日入浴することが常識となり、なかには1日2回入浴する人も少なくありません。シャンプーやボディーソープの消費量も以前とは比較にならない程増加しています。しかし頻繁な入浴、石鹸やボディーソープの使いすぎ、ナイロンタオルやアカスリでごしごし擦ることは角層を傷つけ、皮膚のバリア機能を障害することに他なりません。実際、皮膚科外来にはアトピー性皮膚炎や老人性乾皮症に加え、洗いすぎが原因と思われる皮脂欠乏性皮膚炎、擦過性皮膚炎(別名ナイロンタオル皮膚炎)、斑状アミロイドーシスの若者が後を絶ちません。
 これを防ぐためには日頃から垢を擦り取る入浴法から表面をやさしく洗い流す入浴法へ発想を切り替えておくことが必要となります。入浴習慣病にならないように正しい入浴法を実践し、皮膚のバリア機能を回復させて健康で若々しい皮膚を保っていきたいものです。

※ドクターズマガジン2012年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。