米国留学奮闘記

[米国留学奮闘記 最終話] 留学して感じた3つのこと
井上 彬

大阪大学 外科学講座 消化器外科学
井上 彬

この連載もあっという間に最終回となりました。最後に、米国に留学して感じた3つのことをまとめたいと思います。

● 米国の光と影

ボスのDr. Giulio Draettaと筆者

ボスのDr. Giulio Draettaと筆者

昨年、トランプ氏が米国大統領に就任し、科学界に衝撃が走りました。トランプ政権が生物医学研究に対するNIH予算(2018年度)を58億ドル(約18%)も削減する方針を打ち出していたからです。今年の米国がん学会(AACR)は、これに対して強く抗議する声明を発表しました。

また今年、MDアンダーソンがんセンターでも大きな変化がありました。2013 年からIBMとの共同研究で、人工知能“Watson”に膨大な医学データを学習させ、がん医療を根本から変革するプロジェクトを始動しましたが、MDアンダーソン側が6200万ドル以上を拠出したものの、十分な成果を上げられず頓挫。それに伴う財政状況の悪化で1000人規模の解雇が行われ、一連の責任を取る形で、総長の突然の辞任劇がありました。

イラン系の友人は、カナダ旅行に出掛けたまま、大統領令により米国への再入国を拒否され、7 ヶ月間の足止めを強いられました。これらの政策は、米国の多様性を無くす方向に向かっているようにも感じます。

一概にはいえませんが、自由・平等を高らかに掲げている米国ですが、実情はそうではない側面もあります。貧富の格差は日本以上に激しく、毎朝通勤する道路の交差点には物乞いをする人がたくさんいます。

学術研究には人材の多様性と資金力が必要であるとすれば、米国の医学研究の先行きは不透明と言わざるを得ません。米国に輝く光もあれば、その半面、深い影があることを知りました。

● 米国におけるがん研究のトレンド

今年行われた世界最大級の米国がん学会のテーマの一つは“がんの予防”でした。近年のがん研究は、その予防にも重点が置かれつつあるように感じます。さらに、「がんの免疫療法」、「がんのゲノムデータを応用した個別化医療(Precision Medicine)」、「人工知能とがん医療」など、世界のがん研究のトレンドを象徴するキーワードがテーマに選ばれています。特に、人工知能(AI)の発達は目覚ましく、AIが患者の臨床情報やがんのゲノムデータを基に、最適な治療薬や臨床試験を推奨するシステムの構築が進んでいます。AIが病理診断学に取って代わることが本気で議論されていて驚きました。私の研究テーマは、このトレンドから離れていますが、世界のがん研究の方向性を肌で感じる貴重な経験でした。

これらの応用技術はもともと日本人が発見した科学的知見であることも多く、日本の学術レベルが非常に高いことを改めて知りました。例えば、腫瘍の複雑性、BCL-2、PD-1、IL-6、iPS細胞、オートファジー、制御性T細胞など、これらは全て日本人が発見したものであり、とても誇らしく、微力ながら私も研究者の一端として頑張らねばと、身の引き締まる思いがします。

● 他流試合

概して日本は、学歴や出身、肩書や立場など、“和”を尊重する社会ですが、こちらでは“個”がより重視されているように感じます。つまり、個人の発言力、アイデアやコミュニケーション能力、実行力などが評価されます。自己紹介のときに、日本では肩書や立場を先に伝えますが、こちらでは名前だけしか言わないことが多く、自分の意見を相手にしっかり伝えないと理解してもらえません。また、個が強いためか、時にチームワークがうまく機能しない局面にも遭遇します。

日本での常識が必ずしも通用せず、生活・仕事・人間関係でも苦労することが多かったですが、全く価値観の異なる環境に自分の身を置いてみて、たくさんの他流試合ができたことは非常に有意義でした。旅行ではなく海外生活を自分の五感で実際に体験できたことは、伝聞では得られない貴重な経験となりました。

時には、異分野で活躍される日本人駐在員の方々とも交流する機会がありました。特に、ヒューストンで訓練中の宇宙飛行士、金井宣茂氏とお会いする機会に恵まれ、夢のある話を伺いました。生涯にわたる人との出会い、これが最大の財産だと思います。

最後に、私の海外留学をサポートしていただいた全ての方々に、この場をお借りして深く感謝申し上げます。そして、この連載が海外留学について知るきっかけとなれば幸甚です。

ありがとうございました。

※ドクターズマガジン2017年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

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