医師のワークスタイル

外務省医務官として働く(1)

外務省 診療所長 仲本 光一
外務省 福利厚生室 上席専門官 猪瀬 崇徳

診療所長室にて。左より仲本,猪瀬。
診療所長室にて。左より仲本,猪瀬。

本稿は所属する組織から資料提供を受けていますが,基本的には個人の見解です。


1.はじめに

少し前までの日本の医師の標準的キャリアプランとしては,「医局」に入局して修行を積み,大学や大病院,あるいは開業医として臨床医として生きるというのがほとんどを占め,その他ごく少数が基礎医学研究の道に進んだり,行政職として官公庁に入職するという程度でした。平成16年の医師の卒後研修義務化以降,良きにせよ悪しきにせよ「医局」の力が弱まったことで,今までほぼ一本道だったキャリアプランをいろいろと模索する医師が増えてきました。そんな中,ほとんどその存在を知られていなかった「外務省医務官」の仕事について,問い合わせを頂く機会が少しずつ増えてきています。外務省では常時医務官採用に関する問い合わせを受け付けているのですが,ある程度の情報について,もっと積極的に公開してほしい,といったご意見を頂くことが少なくありません。本稿では,外務省で勤務する医師について,実際どんな役割を担っているのか,今後のキャリアプランを決定する上での一助となるようご紹介してまいります。


2. 外務省における医務官の歴史


在タンザニア日本国大使館勤務時代,渡辺貞夫さんが日本の支援現場を視察することを目的にタンザニアを訪問。JICA職員,他の大使館員とともに視察のアテンドを行った。

世界各国にある日本国大使館や総領事館等を総称し,「在外公館」と呼んでいます。在外公館には,政治,経済,文化交流,領事手続きなど様々な目的を有した邦人が訪れますが,こうして訪問される方が,開発途上国を中心とした多くの国に医務官が配置されているということを初めて知り,さらには在外公館医務官を通して,現地の詳細な医療事情(医療機関,感染症情報等)が得られるということに大変驚かれる場面によく遭遇します。

医務官は医療事情が整っていないことの多い開発途上国を中心に,広く世界各地に勤務し,医師として,在外公館館員及びその家族の健康管理,在留邦人の健康相談を行っています。また,先述の通り現地医療情報を収集し,必要に応じて公的機関等に確認した上で,外務省ウェブサイト上に掲載,あるいは領事メールにより,広く邦人に提供することも重要な仕事です。特に,「直に現地医療情報を収集する」という面では,日本で他に類を見ない専門家集団と言えると思います。

外務省における医務官は,大正10年にペストが発生したニコリスク(ロシア),大正12年にウラジオストク(ロシア)に嘱託医が派遣されたのが始まりです(文献1)。戦後は昭和38年に在外公館への医師派遣が再開され,まず在ナイジェリア日本国大使館に医務官が派遣されることとなりました。以後,年に数名の医務官が在外公館に新規配属され,現在,104の公館に107名の医務官を数えるに至っています。なお,在外公館の医務担当職員の名称が公式に「医務官」とよばれるようになったのは昭和44年10月のことです。

外務省で働いている医療職(医師)には,在外公館で働く「医務官」の他,東京の外務本省内の診療所で働く医師が存在します。医務官は原則として,前述のとおり開発途上国にある大使館あるいは総領事館に勤務し,健康管理医として,担当地域に勤務する公館職員とその家族の健康管理にあたっています。外務本省診療所の医師は本省に勤務する職員の健康管理,在外職員・その家族の赴任前・後の健康管理等を行っています。本省診療所には歯科医師を含め10名の医師が勤務しており,外務省全体として117名の医師・歯科医師が働いています(ただし,一部は空席となっています)。

平成31年4月現在の医務官配置公館は表1のとおりです。各公館には,原則,医務官1名が配属されていますが,一部の拠点公館には2名の医務官をおいています。医務官が配属されていない公館のうち,医療事情の悪い公館へは医務官による巡回保健指導を定期的に行っています。また,先進国にある在外公館へは,3年に一度,健康相談のための出張が行われます。


3.医務官業務の実際

草の根・人間の安全保障無償資金協力による学校の引渡式に出席し,ミャンマー語で,児童たちに正しい手洗いについての指導を行った(ミャンマー,エーヤワディー地方)。
草の根・人間の安全保障無償資金協力による学校の引渡式に出席し,ミャンマー語で,児童たちに正しい手洗いについての指導を行った(ミャンマー,エーヤワディー地方)。

医務官は「外務技官」として外務省に採用されます。在外公館に赴任する外務省員は,「外務公務員法に定められた外務職員の公の名称」として,大使館では書記官あるいは参事官,総領事館では領事を兼任し,「一等書記官兼医務官」といった職名がパスポートにも記載され,外交官の身分を有して勤務にあたります。一公館当たりの勤務期間には特に定めは無いものの,おおよそ2~3年程度が目安となっています。

医務官の基本的な業務(表2)としては,医師として在外公館に勤務する職員およびその家族の健康管理を行うことが第一に挙げられます。その他,現地医療事情の収集ならびに報告,邦人向けの情報提供を行うことや,領事と連携した邦人援護に関する業務といった業務もまた,医務官として重要な任務です。その他,公式な設宴の準備,在外選挙に関する業務など,日本の臨床医があまり経験することのない仕事に関わる機会も少なくありません。


大使館医務室の様子。

主たる業務である医療に関しては,公館内の医務室で行われます。現地の医師免許を有するわけではなく,公館内で行えることには限界もあるため,現地の医療機関,医療関係者と良好な関係を築き,うまく連携することが重要です。在外公館職員及びその家族の健康管理を行う,産業医的な役割が求められており,法的な制限などから,やむを得ない緊急事態を除いて,在留邦人や旅行者に対する直接の診療行為は行えません。しかしながら,適切な医療機関の紹介や,医療に関するアドバイスなどを可能な範囲で行っています。

なお,ほとんどの公館において,医務官は唯一の医療職です。そのため,一人で医務室の管理運営を行うことになり,医療対応のための周辺整備はすべて自身で行う必要があります。

先ほども述べましたが,医務室に限界があることから,現地医療事情の収集はとても重要であり,医務官は定期的に現地病院等の視察を行っています。日本とは受診のシステムも,配備されている医療機器も,その診療レベルも異なりますので,どのような専門医が勤務し,どんな疾患に対応できるのかを確認することのほか,実際に受診したことのある方からの情報なども踏まえ,信頼性についても正確な情報を得る必要があります。国民皆保険と応召義務によって,受診機会がある程度確保されている日本とは違い,治療費に関する調査やその支払い方法などを確認しておくこともとても重要です。こうした,医務官が足で稼いだ情報は,外務省ウェブサイト内の「世界の医療事情」として広く一般に公開されています。

特に,新興・再興感染症対策,テロや大規模災害における邦人支援などの分野で,医務官に期待される業務は非常に大きくなってきています。次回は,今後ますます重要になってくると思われる医務官の業務について,もう少し詳しくご説明したいと思います。

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(参考)
››› 外務省医療職公募ページ
››› 外務省「世界の医療事情」

(文献)
1 後町洋一,他: 海外疾病事情と外務医務官業務.南山堂, 2001;83(8):167-171.

表1.外務医務官配置公館(平成31年4月現在)

【アジア大洋州地域(23公館)】
在インド大使館,在インドネシア大使館,在カンボジア大使館,在スリランカ大使館,在タイ大使館,在中華人民共和国大使館,在広州総領事館,在上海総領事館,在瀋陽総領事館,在ネパール大使館,在パキスタン大使館,在カラチ総領事館,在バングラデシュ大使館,在東ティモール大使館,在フィリピン大使館,在ベトナム大使館,在ミャンマー大使館,在モンゴル大使館,在ラオス大使館,在オーストラリア大使館,在パプアニューギニア大使館,在フィジー大使館,在ミクロネシア大使館

【北米・中南米地域(20公館)】
在アメリカ合衆国大使館在ニューヨーク総領事館在マイアミ総領事館(在ロサンゼルス総領事館)在カナダ大使館,在アルゼンチン大使館,在エクアドル大使館,在キューバ大使館,在コロンビア大使館,在ドミニカ共和国大使館,(在トリニダード・トバゴ大使館),在ニカラグア大使館,在ハイチ大使館,在パラグアイ大使館,在ブラジル大使館,在サンパウロ総領事館,在ペルー大使館,在ボリビア大使館,在ホンジュラス大使館,在メキシコ大使館

【欧州地域(15公館)】
在イタリア大使館,在ウクライナ大使館,在ウズベキスタン大使館,在英国大使館在オーストリア大使館,在カザフスタン大使館,在キルギス大使館,在セルビア大使館,在タジキスタン大使館,(在トルクメニスタン大使館),在フランス大使館,(在モルドバ大使館),在ロシア大使館,在ウラジオストク総領事館,在ユジノサハリンスク総領事館

【中東地域(12公館)】
在アフガニスタン大使館,在アラブ首長国連邦大使館,在イエメン大使館,在イスラエル大使館,在イラク大使館,在イラン大使館,在クウェート大使館,在サウジアラビア大使館,在シリア大使館,在トルコ大使館,在ヨルダン大使館,在レバノン大使館

【アフリカ地域(34公館)】
在アルジェリア大使館,在アンゴラ大使館,在ウガンダ大使館,在エジプト大使館,在エチオピア大使館,在ガーナ大使館,在ガボン大使館,在カメルーン大使館,在ギニア大使館,在ケニア大使館,在コートジボワール大使館,在コンゴ民主共和国大使館,在ザンビア大使館,在ジブチ大使館,在ジンバブエ大使館,在スーダン大使館,在セネガル大使館,在タンザニア大使館,在チュニジア大使館,在ナイジェリア大使館,在ナミビア大使館,在ブルキナファソ大使館,在ベナン大使館,在ボツワナ大使館,在マダガスカル大使館,在マラウイ大使館,在マリ大使館,在南アフリカ共和国大使館,在南スーダン大使館,在モーリタニア大使館,在モザンビーク大使館,在モロッコ大使館,在リビア大使館,在ルワンダ大使館

※下線を引いた公館は先進国に設置された医務室で,医療事情の厳しい不健康地公館を支援することを目的の1つとしている。
※()内の在外公館は今後医務官が新規配属される予定。

表2.医務官の主な業務内容

1.在外公館に勤務する職員及びその家族(約7,600名)の健康管理
職員・家族への医療対応
医務官非配属公館への巡回保健相談
重症例での緊急移送手配

2.現地医療情報の収集と報告
現地医療機関の視察
感染症流行時に,政府系機関での情報収集
(外務省ウェブサイト内「世界の医療事情」,「外務省海外安全情報」として一般に公開)
現地邦人向け医療講演会の実施

3.邦人援護業務の医療面での側面支援
在留邦人や邦人渡航者に対する医療に関する情報提供,現地医療機関受診支援
任地での緊急事態(大規模災害やテロ事件など)発生時の被災邦人・遺族ケア

4.任地外での大規模自然災害やテロ事件発生時の側面支援
海外緊急展開チーム(ERT: Emergency Response Team)の一員としての活動


<執筆者プロフィール>

仲本 光一

仲本 光一(なかもと・こういち)
外務省 診療所長

[プロフィール]
弘前大学医学部卒業。医学博士。横浜市立大学第二外科学教室に入局し,外科医として神奈川県内の公立病院で勤務。1992年外務省に入省し、ミャンマー、インドネシア、外務本省、インド、アメリカ合衆国(ニューヨーク)、タンザニア、カナダの日本国大使館・総領事館に医務官として勤務。2014年5月より現職。
ニューヨーク在勤中に邦人医療支援ネットワーク(ジャムズネット)の立ち上げに参画、その後、ジャムズネット東京、カナダ、アジア、ドイツの設立にも参画。2002年に第1回川口賞(外務大臣賞),第7回多文化間精神科医学会学会賞,2007年米国日本人医師会功労賞を受賞。

猪瀬 崇徳

猪瀬 崇徳(いのせ・たかのり)
外務省 福利厚生室 上席専門官

[プロフィール]
群馬大学医学部卒業。医学博士。群馬大学第一外科(現・総合外科)および関連病院で消化器外科医としての研鑽を積む。2014年4月に外務省に入省し,在イエメン日本国大使館,在ミャンマー日本国大使館での勤務を経て,2018年3月より現職。


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