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ネナイトドジるよ、アブナイよ
神山 潤

公益社団法人地域医療振興協会
東京ベイ・浦安市川医療センター CEO(管理者)
神山 潤

 2017年6月22日に「睡眠、大学、講座」でGoogle検索したところ、4大学がヒットしました。このうち医学部を有する大学は3大学でした。もちろん「睡眠」は多様な生理現象で、実際日本睡眠学会に属する医師の所属は精神科、神経内科、呼吸器科、循環器科、耳鼻咽喉科、小児科等多岐に及びます。そしてそれら会員諸氏が各々の施設の医学部教育に熱心であろうことは想像に難くありませんが、全国の医学部で睡眠に関する講座が3つしかなく、その中のある講座の説明には「主に睡眠時無呼吸症候群の病態・治療について研究と臨床活動を進めている」とあるのです。日本での睡眠関連疾患(※) への社会的関心の高まりが2003年の新幹線運転手居眠り事件、すなわち睡眠時無呼吸症候群に始まったことは事実ですが、睡眠関連疾患は睡眠時無呼吸症候群だけではありません。睡眠関連疾患にまでは至らない眠りの基礎知識についても巷には不確かなものが満ち溢れています。その遠因の一つに「睡眠」全般に関するシステム化された医学部教育がなされていないこと、があると思います。

(※)睡眠障害はsleep disordersの訳語ですが、睡眠障害の英訳はsleep disturbanceでしょう。筆者はsleep disordersの訳語として、睡眠障害ではなく睡眠関連疾患を用います

 初期研修医の臨床研修の到達目標、「経験すべき症状・病態・疾患」の1.頻度の高い症状に「不眠」は「全身倦怠感」に続く2番目の症状として挙げられています。しかし誰が初期研修医に「不眠」について教えるのでしょう。医学部教育の現状を踏まえると、初期研修病院に不眠に関する適切な指導者がいるとは思えません。さらに生涯教育においても、「不眠」に関する教育が十分に行われているとはいえません。先日筆者の睡眠外来に紹介された患者さんには実に8剤が処方され、うち1剤はSSRI、1剤は三環系うつ剤、5剤はベンゾジアゼピン受容体作動薬、直近に処方された8剤目はラボナ錠でした。「不眠には睡眠導入剤」以外の選択肢に至るにはそれなりの基礎知識が必要です。その習得が必ずしも十分に行われていないのが日本の医師の現状なのでしょう。一方Pubmedで「sleep,2017」を2017年6月22日に検索すると、6900件がヒットしました。2017年の前半半年弱での文献数と想像できます。眠りに関する医学的、社会的関心は高いのです。

 日本では眠りに関する誤解が広くまかり通っています。眠気は吹っ飛ばすものと誤解され、ラベルに「疲れても頑張れ」と書いてある小中学生向けのドリンク剤が販売されているのが今の日本です。居眠りは怠けの象徴とされますが、これには明治38年以来唱歌である「ウサギとカメ」の影響が大でしょう(この話、ウサギは薄暮性で昼寝をして当然なわけで、これを知っていたカメの情報収集能力の高さこそこの逸話から学ぶべき事項でしょう)。寝る間を惜しんで働くことをよしとする脳にとって「寝ないと太る」(Taheri et al. PLoS 2004)ことは不都合と感じられ、理解されにくいことは、「何事も自分に都合よく解釈しがちなヒトのサガ」(幼少期に性的虐待を受けた成人女性の視覚野の体積は減少(Tomoda, et al. Biol Psychiatry 2009))からすると当然でしょう。

 資本主義社会では「睡眠」は軽視されます。多くの方が眠りは大切とおっしゃいますが、知識だけでは行動変容は生じないのです。眠ることで資本主義的なインセンティブが働かない限り、ヒトは「眠らない」という選択を続けるのかもしれませんが、これは生物学的な限界への挑戦です。寝不足では前頭前野の機能が低下(Ma, et al. Sleep 2015)しますが、これでは寝不足時に「寝不足だ。非効率だ。寝よう」という理性的な判断がなされず、寝不足はますます進行します。寝不足の悪循環です。しかし24時間絶えず活動する社会の弊害も、高橋まつりさんの自殺でようやく社会的にもクローズアップされ、一部識者も常識を語り始めています(糸井重里:ちゃんとメシ食って、ちゃんと風呂に入って、ちゃんと寝てる人には、かなわない、ってことです。AERA 2016年11月21日号、岩田健太郎:睡眠・休養と安全。週間医学界新聞2017年2月20日発行)。もちろん厚生労働省も医療従事者の負担軽減対策(手術・処置の休日・時間外・深夜加算)を取り入れています。しかしまだまだ前途は多難です。ネナイガエライハモウフルイ、ネナイト、ドジルヨ、アブナイヨ。

こうやま・じゅん

1981年東京医科歯科大学医学部卒、2000年同大学大学院助教授(小児科)、2004年東京北社会保険病院副院長、2008年同院長、2009年4月現職。
公益社団法人地域医療振興協会理事、日本子ども健康科学会理事、日本小児神経学会評議員、日本睡眠学会理事。睡眠に関する著書多数。

 

※ドクターズマガジン2017年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

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