Doctor's Opinion

起・承・転・結
高山 忠利

日本大学医学部 部長
消化器外科 教授

高山 忠利

 肝臓外科医として、手術を生業に38年がたち、残り2年で定年を迎えます。日々、事故の無きようにと祈りながら、計7000件の肝切除と肝移植を執刀しました。不満足な点も多々ありますが、一定の成果を収めつつメスを置く日が近づいています。ここで、一外科医の手術のありように関する起承転結(quatrain)を述べたいと思います。

『起』は、「国立がんセンター」での修業です。1980年に日本大学を卒業、半年だけのつもりで、がん治療のメッカ・がんセンターの研修医になりました。特に、黎明(れいめい)期にあった肝臓外科での体験は衝撃的で、幕内雅敏先生に強い憧れを抱きました。クリニック開業の矢先、幕内先生からシニア・レジデント制度の1期生に抜てきされました。通常病院の10倍以上の肝がん手術に参画し、素人であったのがむしろ幸いし、メキメキ腕を上げるのが自覚できました。「外科医の将来は手術を始めて3年で決まる!」と思っていますが、その多感な時期にがんセンターで揉まれたことが人生最大の幸運でした。同時に、大腸外科・森谷 冝皓(よしひろ)先生、胃外科・笹子 三津留(みつる)先生など、綺羅星のごとく集まった外科医たちとの手術は、大きな財産となりました。幕内先生の教え「外科医はオペとペーパーだけでいい!」を忠実に履行すべく、夜は論文書き(「The Lancet」に原著3編掲載)に没頭しました。

『承』は、「オーベンの転任」による独り立ちです。1990年に幕内先生が信州大学教授に就任、私はがんセンターに残りました。スタッフとして手術を一人でマネジメントしつつ、背筋が凍るような怖い経験を何度も乗り越え、徐々に外科医としての度量が備わってきたように感じました。そんな折、日大病院から肝切除の執刀を依頼されました。実は、1994年のJournal of the American College of Surgeonsに掲載した尾状葉単独全切除Isolated total caudate lobectomy(高山術式)は、母校でのSegment – 7+1切除でアイデアが生まれ、がんセンターの症例で確立した術式でした。一方、幕内先生は早々に生体肝移植を開始され、私はその都度松本に赴き、最初の10例でドナー肝切除を執刀しました。1990年の日本2例目にあたるドナー手術は、最も緊張した手術でした。今思うに、偉大過ぎる幕内先生から少し距離を置いて、苦労しつつ外科医として自己形成した方針が、良かったと思います。

『転』は、「東大病院への転任」で肝移植の毎日でした。1995年、幕内先生から東大への鞍替えを勧められました。幕内語録「365日24時間医師であれ!」は、教授自身が身を以て実行されるので、私も正月三が日以外は全て出勤しました。さて、ドナー肝切除100件以上を経験したある時、左肝グラフトのハーベスト時に、太い短肝静脈の血管鉗子が外れました! 急遽入っていただいた幕内先生は、出血点を見ようともせず、私が閉鎖途中だった中・左肝静脈をゆっくり連続縫合しています。実は、犯人は「鉗子の自然破綻」で、業者に言わせると飛行機が落ちるのと同じくらいの確率であるそうです。後日、幕内先生から「短肝静脈で良かったな」、「左肝静脈だったらパニックだ」、「だからまず、左肝静脈を閉鎖した!」との弁。このクライシスへの一瞬の判断、Fantastico!でした。一方、学閥意識の顕著な東大では外様の悲哀もありましたが、手術だけは全力であたりました。5年間在籍し、肝胆膵がん496件、生体肝移植159件(計655件)に携わり、外科医としては充実の月日でした。

『結』は、「日大病院への帰局」で教授職の葛藤でした。2001年、母校に主任教授として帰局しました。元々の第三外科は胃腸外科であり、肝・胆・膵外科はイチからの出発でした。大きな変革を強いたので、OBから反発されました。一方、臨床面ではまずは症例集めに最大の関心を払いました。①365日休まない(毎日曜・教授回診)、②紹介返信は自筆(高山ファイル30ページ送付)、③メディアは質で選ぶ(「NHKプロフェッショナル仕事の流儀」など42番組)。患者集客に意義があったのは、「テレビ出演」と「ランキング本」でした。実際、2011年に当科の肝胆膵がん切除数は、計302例で全国1位になりました。さらに、肝がん切除数は、2008〜2015年の8年間、全国1位をキープしています。肝胆膵では名も無き日大外科を、10年でトップチームに育てた事実は、私のプライドです。

たかやま・ただとし

 1980年日本大学医学部卒業。日本大学医学部附属板橋病院の消化器外科部長。肝臓がん手術を筆頭に胆道、膵臓など年間300例に及ぶ手術を行う。1994年に世界初の肝尾状葉単独全切除に成功し、「高山術式」を確立した。2015年2月号本誌「ドクターの肖像」に登場。

 

※ドクターズマガジン2020年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

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